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*** 東北地方太平洋沖地震 ***

謹んで地震災害のお見舞いを申し上げます
この度の震災により被害を受けられた皆さま、また、被災地に所縁の深いご関係の 皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。
一日も早い復旧を心底よりお祈り申し上げます。

経典(きょうてん、きょうでん、(梵)sutra sanskrit、(パ)sutta)の、「経」とは仏教聖典のうち、釈迦が説いた教えを記録しているものです。修行法や戒律に関するものは「律」、経典を注釈したものは「論」と呼ばれ、経・律・論を合わせて「三蔵」と呼びます。「経典」という場合、狭義には「経」のみを指すが、広義には仏教典籍全般を指す。その意味では仏典と同義です。

代表的な経典としては、法句経、阿含経、般若経、維摩経、涅槃経、華厳経、法華三部経、浄土三部経、金剛頂経などが挙げられます。

大きく原始仏典と大乗仏典にわかれる。原始仏典にはパーリ五部および漢訳の阿含経典群があり、その一部は釈尊の言葉を比較的忠実に伝えているといわれます。

大乗仏典は西暦紀元前後以降、大乗仏教教団によって編纂されたもので、歴史上の釈尊の説ではないとする意見もあるが証明はされていません。そのため仏説とする考えが一般的である。般若経典群、法華経、華厳経その他がこれに含まれます。

また、経・律・論および、その注釈書などは、大蔵経もしくは一切経と呼ばれる叢書にまとめられたものです。この作業は、中国では皇帝名で行われることが多く、編入される書物の基準が厳格で、基準外のものは蔵外(ぞうがい)と称された。昭和9年(1934年)、日本で編纂された大正新脩大蔵経は、より広範囲に中国・日本撰述の典籍も含めています。

パーリ語経典

経典のヒント集・イメージ

経は釈迦や、弟子たちの言行録を集めたものです。釈迦の入滅後、教えを正しく伝えるために、弟子たちは経典編集の集会を開き、経典整理を開始しました。ところが、仏滅後100-200年ころには教団は多くの部派に分裂し、それぞれの部派が各自の三蔵を伝持するようになりました。それらはインドの各地の言語によっていたと思われます。完全な形で現存するのは、スリランカに伝えられた上座部系のパーリ語経典のみで、現在、スリランカ、タイ、ミャンマーなど東南アジアの仏教国で広く用いられています。その内容は次の通りです。

律蔵:経分別(戒律の本文解説)、けん度(けんど、教団の制度規定)。
経蔵:長部、中部、相応部、増支部、小部の5部。前4部は漢訳『阿含経 (あごんきよう)』に相当します。
論蔵:法集論、分別論、界説論、人施設論、論事論、双対論、発趣論の7部。
これらは紀元前2世紀-紀元前1世紀ころまでに徐々に形成されたもので、前1世紀ころにスリランカに伝えられたといわれ、以後、多くの蔵外の注釈書、綱要書、史書等が作られました。19世紀末ロンドンにパーリ聖典協会が設立されて原典の校訂出版等がなされ、日本では若干の蔵外文献も含めて『南伝大蔵経 』65巻(1935年-1941年)に完訳されています。

注意が必要なのは、パーリ語経典が必ずしも古い形を残しているとは限らない点です。漢訳の『阿含経 』には上座部に伝わったより古い形態のものがあったり、あきらかにサンスクリット語からの漢訳と考えられるものがあります。その意味で、パーリ語経典が原初の形態を伝えていると考えることは、間違いではないが正確な表現ではありません。

チベット語訳経典

チベットにおける個別の仏典翻訳は、7世紀ソンツェン・ガンポ王の命令で、経典のチベット語訳は、トンミサンボータによって始められましたが、八世紀末、仏教が国教となるのにともない、仏典翻訳は王国の国家事業となり、隣国インドより網羅的、体系的に仏典を収集し、翻訳する作業が開始され、数十年の短期間で一挙に完遂されました。サンスクリット語の原典を正確に翻訳するためのチベット語文法と語彙の整備が行われ、シャン=イェシェデ、カワ=ペルツェク、チョクロ=ルイゲンツェンらが作業に従事、824年、一応の完成をみました。

チベット仏教における経典の分類は、他の仏教圏とも共通する「経・律・論」の三部分類よりも、「仏説部(カンギュル)」、「論疏部(テンギュル)」の2分類が重視されます。カンギュルとは釈尊のことばそのものである「カー」をチベット語に「ギュル」(翻訳)したもの、テンギュルとは、竜樹らインドの仏教学者たちが「カー」に対してほどこした注釈である「テン」をチベット語に「ギュル」したもの、の意味です。

チベットでは、経典は、信仰心を著わすものとしてながらく写本で流布していたが、中国の明朝の永楽帝は中国に使者を派遣するチベット諸侯や教団への土産として、1410年木版による大蔵経を開版、この習慣がチベットにも取り入れられ、以後、何種類かが開版されることになりました。

北京版 永楽版カンギュル(1410年)、万暦版カンギュル(1606年)、康熙版カンギュル(1692年)、雍正版テンギュル(1724年)
リタン版(1621-24年)
ナルタン版 カンギュル(1732年)、テンギュル(1773年) デルゲ版 カンギュル(1733年)、テンギュル(1742年)
ラサ版 カンギュル(1936年)
また中国では、1990年代より、洋装本の形式で刊行される中華大蔵教事業の一部として、過去の諸写本、諸版の多くを校合したテンギュルの編纂が進められています。

以上の諸版に収録されている教典群大蔵経には、大乗の経論、ことに原典も漢訳も現存しないインド後期仏教の文献が多く含まれており、インド後期仏教の研究にも重要な意味をもっています。チベット語訳がサンスクリットの逐語訳に近く、原形に還元しやすいので、原典のない漢訳経典の原型を探るためにも重要視されています。

チベットの四大宗派のひとつニンマ派では、ある時期に埋蔵された経典(テルマ gter-ma)が、時を経て、しかるべき定めを帯びたテルトン(埋蔵経典発掘者)によって発見されたとする経、論を多数有し、同派の特徴となっています。テルマ(埋蔵経典)の出現は、中世以来、現代に至るまで継続しており、他の宗派からは、発掘者による創作だと見なされることが多い。この派は上記の諸版とは内容、構成のことなる独自の大蔵経を有しています。

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